大判例

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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)6256号 判決

原告

甲野一郎(仮名)

右訴訟代理人

辻畑泰輔

被告

藤塚建物株式会社

右代表者

杉浦英一郎

被告

杉浦英一郎

右両名訴訟代理人

荒井秀夫

外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  申立

(原告)

1  被告らは原告に対し、各自金二三〇万円及びこれに対する昭和四五年六月二八日より支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。との判決ならびに第1項につき仮執行宣言。

(被告)

主文と同旨の判決。〈以下略〉

理由

1請求原因第1項の事実は、被告杉浦が成功報酬金の支払に代えて本件株式一、〇〇〇株を譲渡したか否かの点を除いては、当事者間に争いがない。

2同第2項の事実のとおり、原告が提起した甲、乙事件に対し、被告らが本件株式譲渡の点を否認してこれに応訴し、被告杉浦がその反訴として丙事件を提起したことは当事者間に争いがないので、以下被告らの右応訴、提訴(以下「応訴等」という)が違法なものであるか否かについて検討する。

ところで、民事訴訟制度は、私人間の生活関係上の紛争または利害衝突の解決調整を図ることによつて、これに基づく私人の生活上の障害や危険を除去すると共に社会の秩序を保持するために設けられた公の制度であるから、そこに真の紛争と見るものがある限り、たとえ訴訟の結果一方当事者が敗訴に帰したとしてもただちにこれをもつて同人に責むべき事由ありとは言えないのであつて、当事者が敗訴の結果を虞れる余り、国民に認められた抗争する権利(裁判を受ける権利)を不当に奪われる結果になつてはならないものである。このような見地から考えると、民事訴訟において応訴等が不法行為とされるのは、それがその目的その他諸般の事実からみて著しく反社会的、反倫理的なものと評価され、公序良俗に反し、応訴等それ自体が違法性を有する場合でなければならず、例えば権利のないこと十分に知つていながら相手を害するためとか、またはその他紛争解決以外の目的のために敢て応訴等をした場合とか、権利の存否について深く調査もせず、訴訟という手段に出る際の態度が誰が見ても軽率に過ぎ、世間の常識上著しく非難される値する程の重大な過失によつて権利のないことを知らずに応訴等をしたというような場合でなければならない、と解せられる。

これを本件について検討するに、

(一)  原告が昭和二七年六月二日被告杉浦からその所有する被告会社(当時の商号、共和ゴム株式会社)の本件株券一、〇〇〇株の交付を受けたことは当事者間に争いがないところ、〈証拠〉によると、原告の被告らに対する甲事件の一審判決が昭和四三年八月二六日言渡され、また被告杉浦の原告に対する丙事件の一審判決が昭和四七年三月三〇日、同二審判決は昭和四九年六月二四日それぞれ言渡されたが、右判決ではいずれも前記の株券交付の趣旨が重要の争点となり、それが原告主張のとおり「弁護士成功報酬金五万円の支払に代えて譲渡された(代物弁済)。」ものと認定されたことが認められる。

(二)  しかるに、被告らが甲乙丙事件において、本件株券を右報酬金債務の担保として預けたに過ぎないと主張して応訴等したことは、当事者間に争いがないところ、

(1)  被告杉浦が原告を相手に申立てた弁護士懲戒事件における尋問を受けた際〈証拠〉によると、右尋問は昭和三二年一月一一日施行されたことが認められる。)、「原告も一、〇〇〇株(本件株式)持つている。報酬分として差上げたものだ。」と証言したこと、

(2)  原告と被告ら間の東京地方裁判所昭和二九年(ワ)第八九三八号報酬請求事件においては、被告ら代理人が本件株式を代物弁済として原告に譲渡した旨主張していたこと、

(3)  原告が昭和二七年六月本件株式を弁護士成功報酬金として受領した旨の領収証を被告杉浦に交付したこと以上の事実は当事者間に争いがない。

(三)  しかし一方、〈証拠〉を併せ考えると、

前項の(1)の懲戒事件の争点は、原告が被告杉浦の印鑑を無断使用して電話加入権を自分のものにしようとしたか否か、原告に委任状の不当行使があつたか否かの二点であつて、本件株式の譲渡の有無については重要な争点ではなかつたものであり、しかも右手続における綱紀委員会の訊問がかなり長時間にわたつたこともあり、被告杉浦はこの点については必ずしも真実を正確に証言しえなかつたこと、

また、前項の(2)については、昭和二九年(ワ)第八九三八号事件の準備書面における代物弁済の主張は、被告杉浦が社会的事実を語つたものを代理人佐野弁護士が法律構成して主張したものであるが、右主張に対しては原告側もこれを争い、本件株式につき「これは一先づこれで収めてくれといい、後日金銭化する約であつた。……」旨主張していたこと、さらに前項の(3)については原告は被告杉浦に昭和二七年六月二日付の本件株式一、〇〇〇株の預り証を出しており、前記領収証はその後同年六月九日ころ原告が被告杉浦に一方的に送りつけてきたものであつて、その中には真実授受のない金二万五千円受領の記載もなされていること、

がそれぞれ認められ、加えて、甲、乙各事件が提訴されるに至るまでの当事者間の経過を見るに〈証拠〉によれば、

原告は昭和二六年頃から被告会社の訴訟代理人として訴訟活動をするとともに、昭和二七年には同会社の取締役に就任したが、その後同社の内部主導権争いに加わり、被告杉浦の秘密を漏洩したため、被告会社、同杉浦の信用を失い、訴訟代理人としての地位を解任され、さらに電話加入権譲渡承認請求書の偽造及び委任状不当行使の疑いにより被告杉浦から日本弁護士連合会に懲戒申立がなされるに至つたこと、原告は被告会社の委任を受け訴外小金井製作所との訴訟をなしたが、被告会社のため昭和二九年一月に右小金井製作所から金三五万円の交付を受けながら、そのうち金三〇万円については被告会社の請求にもかかわらず支払おうともせず、ついに被告会社より訴を提起(昭和三一年(ワ)六八〇八号)されるに至つたこと、原告は本件甲、乙事件提訴と前後して株主資格を一つの争点として、東京地方裁判所昭和三九年(ワ)三〇三九号株券返還請求事件、同昭和四三年(ワ)八六二〇号請求異議事件、同昭和四四年(ワ)二八〇七号取締役責任追求事件、同昭和四五年(ワ)六二五八号名誉毀損事件の各訴訟を次々と被告らに対して提起しており、甲乙丙事件係属中原告と被告ら間には相互に疑惑と不信の念が増長していることが

認められる。

しかして以上の事実のほか、〈証拠〉によると、本件株式が交付された当時の被告会社は休業状態にあり、本件株式の客観的価値はほとんど無に等しいほどであつたと認められるので、右株券交付の法的意義につき当事者の関心がさほど強いものでなかつたと推認されること、また本件株式の交付が代物弁済としてなされたものか担保としてなされたかは、むしろ法律的評価の問題であり、法律的素養のない者(被告本人尋問の結果(第一・二回)によると、当時被告杉浦には格別法的知識があつたとは認められない。)が社会的事実からこれを識別することは必ずしも容易でないことなどの各事実をも併せ考えると、原告が甲・乙・丙事件において主張する「本件株式を代物弁済として譲受けた。」との事実が客観的に真実であつて、これに対し被告らが応訴等することが真実に反する事実を主張する結果になるとしても、前記のような事情下のもとにおいては、被告らが自己の右主張が正当なりと信ずることに合理的理由があつたものというべきであり、これをもつて前説示のような違法な応訴等と断定することは到底できない。

その他、被告らの応訴等が違法であることを裏づける事情は主張立証されていない。

3以上のことは、控訴についても同様のことが言えるのであつて、前述した状況下にあつては、たとえ被告杉浦が一審において丙事件で敗訴したからといつて直ちに控訴の利益、正当性を失うものではなく、しかも〈証拠〉によれば丙事件一審判決理由中においては被告杉浦の主張が肯定し得ないでもないとしていささかの疑問を残しつつ結局これを排斥し敗訴にしていることが認められるのであるから同人が控訴することには相当の事由があつたと言うべきで、これに前示のような違法事由を見出すことはできない。

従つて、被告らの甲・乙各事件に対する応訴、被告杉浦の反訴提起、控訴の提起はいずれも不法行為に該当しないものである。

4次に、攻撃防禦方法の違法性について検討する。

思うに弁論主義を基本理念とする民事訴訟制度の下においては訴訟手続において当事者が忌憚なく主張をつくしてこそその目的を達し得るものであり、そのためには攻撃防禦の自由を軽々に制限することは慎しまなければならない。したがつて、例えば当初から相手方当事者の名誉を害する意図で虚言を用いたり、事件と何ら関係ない事実を主張する場合、そのような意図がなくとも常識的にみて著しく相手方の名誉を害する内容の事項を不必要に用いた場合などは相手方の名誉を毀損する許容されない攻撃防禦であるというべきであるが、単に結果的に主張事実が真実であることの立証が得られないだけで、その主張、供述の内容が著しく相手方の名誉を害する程のものでない時は、その攻撃防禦の方法を違法視すべきでないものと解される。

これを本件についてみるに、

(一)  本件株式の名義書換がいかにして行われたかは、甲、乙、丙各事件における重要な争点であることが明らかなところ、〈証拠〉によれば、被告杉浦は昭和四六年一二月一日丙事件準備書面において、原告が当時所持していた被告杉浦の印鑑を利用して、被告杉浦の承諾あるべしと推定して、自ら株式の名義書換を会社に求めたものと推察されると主張していることが認められるが、一方、被告杉浦がかく主張するに至つた丙事件の訴訟状況について考えるに、〈証拠〉を総合すると、被告杉浦は原告に株式を報酬金支払の担保として差入れたと思つていたのに株主台帳には原告の名義に書換えられていたこと、当時被告杉浦は自分の印鑑を原告が所持していたと思つていたことが認められ、そのことから被告杉浦としては名義書換は原告が勝手に印鑑を使用してなしたとしか推測し得ないとの結論に至つたものである。してみれば、右の事情の下においては、被告杉浦が前記のような主張をしたことは原告を格別中傷せんとしてなしたものとは認められない。

(二)  次に、原告は、被告らが訴訟に無関係の懲戒事件を引用し、名誉を毀損したと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。わずかに〈証拠〉によれば、被告杉浦は丙事件準備書面の中で「原告は懲戒事件のなかで買戻す約束は勿論ありましたと供述している。」と主張しているだけである。これによれば懲戒事件を引用したのは、その審理中に株券の受渡しについて原告が主張した部分のみである。ところで丙事件の争点は弁護士報酬を株式で支払つたか否かであることは当事者間に争いのないところ、この争点をめぐつて、被告杉浦は原告として立証責任を果すべく懲戒事件で述べた原告の供述を引用したものと推認できるから、決して丙事件と無関係なものとは断定できない。

(三)  そうだとすると、右(一)、(二)の被告らの攻撃防禦における主張は前述した理に照し、訴訟という特殊な場における争点に関するものであることに鑑みれば、訴訟当事者に許容された攻撃防禦方法の範囲にとどまり、これを違法として被告らに名誉毀損の責任を負担させるべき違法性はないと言わなければならない。

5よつて、原告の本訴請求はいずれもその余の点につき判断するまでもなく失当であるからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決した。

(藤井俊彦 佐藤歳二 岩田嘉彦)

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